COLUMN
コラム
業務効率化
金融業界における生成AI活用 後編
松尾研究所に訊く!生成AIを用いた金融業界の生産性向上の可能性
2024.12.13
前編では、生成AIが人間と同様に「情報を変換する機能」を備え、さまざまな業界・業種で生成AIを導入する動きが進んでいること、生成AIを導入することによるメリットや注意点を解説しました。本編は、金融業界が抱えるさまざまな業務課題に対して生成AIがどのように役立つのか、株式会社松尾研究所の金剛洙氏にインタビューした内容を元に解説します。
●金融業界は生成AI導入に適している
株式会社松尾研究所 金剛洙氏
金氏は「金融業界と生成AIの親和性はとても高く、生成AI導入に適した業界」であると指摘しました。
「金融業界は情報を変換するという情報産業的な側面が強い業界です。生成AIの本質は情報変換器ですから、金融業界と生成AIの親和性は高く、他の業界よりも生成AIが使える場面が多いでしょう」
金融業界での生成AIの活用は、その活用先に応じて社内用か顧客向けかの2つに大別できます。
社内利用については、事務手続きの照会やメールの文章作成、レポートの作成や要約、コンサルタントやアナリストなどのサポート、経済・市場の予測などで生成AIが役に立ちます。経済・市場の予測については、生成AIによってSNSや広告をカテゴリー分けし、消費者行動のトレンドや市場予測を行うことが可能になります。例えば、米国大手金融機関モルガン・スタンレーは、OpenAI社と提携し、世界中の業界や企業、資産クラス、資本市場、地域に関する分析を生成AIに行わせています。現時点では社内利用に限定されています。
顧客向けの生成AI活用方法としては、顧客の投資ニーズに応じて最適な投資対象を分析・提案するAIポートフォリオが挙げられます。単純にリスクを抑えながらリターンを最大化するポートフォリオの提案は従来のAIでも可能でしたが、生成AIを導入することによって、顧客ニーズに応じたきめ細かな対応が可能になります。例えば、クリーンエネルギーの企業に投資する際、生成AIに条件を入力することで、該当する会社をリストアップし、選定理由のコメントを添えて提供できます。米国大手金融機関のJPモルガン・チェースでは、生成AIを利用して顧客の投資ニーズに適した投資対象を分析・提案する実証実験を行っています。
今後は、金融機関が自社での生成AIの活用を推進するだけでなく、そのノウハウを融資先・投資先企業の生成AI導入を先導することで、取引先がDXを成し遂げ、事業スピードを加速させていく役割が求められています。取引先の事業活動を実際のトランザクションデータを含めて把握することで、新たな融資や投資を行う際の与信の精度が上がります。投融資先の企業の成長は、即ち金融機関の収益の拡大を意味します。
●生成AIを用いた金融犯罪が増加傾向、態勢強化が必須
金融犯罪への対策としての生成AI導入も活発化しています。金融取引のデジタル化が進む中、AIを活用した不正取引検知システムやアンチ・マネーローンダリング、なりすまし(ディープフェイク)の検知などが実装されています。その一方で、AIを悪用した金融犯罪も増えています。一例として、香港の多国籍企業の会計担当者が38億円を詐欺グループに誤って送金した事件が挙げられます。2024年2月の香港警察の発表によると、詐欺グループは生成AIを悪用し、ビデオ会議の映像と音声で会社幹部になりすまして会計担当者を騙しました。
生成AIに関連した金融犯罪は、生成AIを用いた犯罪、そして生成AIをハックし不適切な回答を生成させようとする攻撃の2つのタイプがあります。生成AIを利用したディープフェイクは、人間の目や耳ではなかなか判別できないレベルに達しています。生成AIをハックする攻撃としては、本来の目的を維持したまま会話の背景や文脈を変更し、不適切な回答を生成させようとする攻撃手法などがあります。こうした攻撃に対して、金氏は金融機関の態勢強化の重要性を指摘しました。
「生成AIの攻撃に対して先手を打つために、金融機関自らが生成AIの仕組みや事例をしっかり把握することが重要です」
金融犯罪と金融犯罪対策のどちらにもAIが使われる
●生成AI導入の成功には要件定義とROIの見極めが重要、AI人材の育成も課題
生成AIは、金融機関にとって強力なツールですが、やみくもに導入しても期待したような成果は得られないでしょう。
金氏は、生成AI導入で大事なことは、要件定義とROIを見極めることだと強調しました。
「そもそも生成AIを利用すべき業務なのか、生成AIの導入によってどれだけ生産性が上がるのか、投資に対してどれだけの利益が得られるのかを見極める必要があります。しかし、生成AIが世の中に登場してまだ2年ほどしか経っていないので、LLMエンジニアといった開発経験を持つ人材が企業にほとんどいません。そこで、AIスタートアップなどにAI開発を依頼する事例が増えています。AIスタートアップやベンダーにAI開発を依頼する場合、技術力や実績をしっかりチェックすることが大切です」
今後、生成AIを使いこなせる人間とそうでない人間の間には大きな差がでてくると考えられます。同時に、生成AIからの出力データの正誤を評価し判断できる人材が求められます。金氏は、AI人材を育成する上でのポイントを語りました。
「1つ目は、生成AIに慣れ親しんでもらうことです。これは、デジタルネイティブの若い世代にとっては抵抗がないでしょう。2つ目は、高度な専門知識や業務ノウハウを持った人材の登用です。生成AIの出力の正誤を判断するには、業務を理解する必要があるからです。生成AIに業務を行わせる場合、新入社員に仕事の内容を教えることを想定してプロンプトを書くと、良い結果が出やすいと言われます。部下を指導し、育ててきたシニア層の経験がここで活かせるわけです」
●生成AI+AI OCRソリューション「AI TextSifta」活用による生産性向上
生成AIを活用したソリューションの例として、さくら情報システムが開発し、2024年6月から提供を開始した「AI TextSifta」を紹介します。金融機関をはじめ、企業のDX推進を阻害する課題が「紙などのアナログ情報のデジタル化」です。アナログ情報のデジタル化には、AI OCRが利用されていますが、ざまざまなフォーマットのPDF帳票、写真や図などからの文字の読み取りは苦手とされています。「AI TextSifta」では、生成AIを利用することで、従来のAI OCRでは対応できなかった帳票や写真などのテキストデータ化が可能です。また、「請求金額合計」や「合計金額」といった異なる項目名を、同じ意味を持つ値として抽出することも可能です。さらに、帳票に記載されているデータをそのままテキスト化するだけでなく、そのテキストを利用した計算や推測などのポスト処理も行えることが特長です(ポスト処理は2024年度後半リリース予定)。生成AIに与えるプロンプトの設計と開発はさくら情報システムのエンジニアが担当するため、プロンプトに関する知識がなくても利用できます。
「AI TextSifta」の処理の流れ。多重プロンプトによる生成AI処理にも対応
「AI TextSifta」は、既にさまざまな業務で活用されています。例えば、保険会社の保険金査定業務において、形式が異なる複数の請求書から必要な情報を抽出し精算書にまとめたり、契約書の文面から必要な条項が存在するかを判定し、存在する場合は該当箇所を抽出したりする事例があります。また、銘板などの写真から文字を抽出し関連情報を含めて出力する、財務諸表から決算書情報を抽出して簡単な与信判定するといった活用パターンもあります。
今後のサービス拡充については、OCR後のポスト処理をより充実させたサービスを提供する計画があるほか、目視チェックを併用したサービスも提供される予定です。具体的には、「AI TextSifta」の結果をAPIで動的に連携し、人の目で確認した上で「AI TextSifta」に戻し、その上で出力をポスト処理するというフローを実施することで抽出したデータの精度を100%にすること目標にしています。
さくら情報システムでは、お客様の多様なニーズに対応できるよう開発に取り組んでいます。
プロフィール
金剛洙氏
株式会社松尾研究所 取締役 執行役員 / 経営戦略本部ディレクター
株式会社MK Capital 代表取締役社長CEO・マネージングパートナー
PLUGA AI Asset Management株式会社 執行役員
金融庁特別研究員
東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修了。2020年より、松尾研究所に参画し、機械学習の社会実装プロジェクトの企画からPoC、開発を一貫して担当。その後、社内外の特命プロジェクトを推進する経営戦略本部を立ち上げ・統括。また、AI・知能化技術の応用により成長の見込めるベンチャー企業への投資に特化したVCファンドを新設し、代表取締役を務める。松尾研究所への参画以前は、シティグループ証券株式会社にて、日本国債・金利デリバティブのトレーディング業務に従事。2023年より、金融庁特別研究員として生成AIと金融について研究。
(文責:ISBマーケティング株式会社)
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